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落ちると落ちる
タイトル通り。 最近はもっぱら働く先のことから 自分のことを考えている。 その結果、時間を自分についやし 現場をおろそかにしている。 が、これも経緯があってのことだ。 充分時間を共有したし その場で説明もしたはず。 足りなかったのだろうか。 余分なことはせず 求められたことを着実に貢献することが大事というアプローチになった。 その結果、作業は個人にしたほうがよい。 たまには、もろもろ話にいく。 たたき台を書いても書いても 返事がない。 これが続いているのがここまでの活動。 プレゼンしてもほぼ響かぬ。 あまり深く考えこまず、切り替えて 余力は他に回すことにした。 傷めたものなんて、たいしたものではないけど 人生短いのだ。 こちらも途中で区切る必要を感じる。 この2年間という時間を 自分なりに完結させるには 納得させるためには 大事にするためには 考え尽くす残りの日々にしたい。
posted by unclejohn | 05:51 | JOCV | comments(0) | - |
お久しぶり
日本は夏真っ盛り。

ここは雨季真っ盛り。

久しぶりに書いてみる。



お腹の中に寄生虫が数種類いるっぽいので、薬を飲んだ。


ここでの活動で前の職場の人にお世話になる。

プロに気軽に聞いてはいけないと思うも
やはり聞かないとすまないタチ。

答えてくれるみなさん、ありがとう。

大事に紡ぎます。


甲子園がはじまった。

人生で後悔したことは何と聞かれるとたぶん、それは甲子園に挑戦しなかったこと。

夏が終わった高校球児も、まだ夏が続いている球児もその時しかない輝きを自信にしてほしい。


ネットでのサービスが充実しすぎている。

だいたいのことはサポートしてもらえる。

しかも低価格で。

要はそれを使って自分が何を提供するかだと思う。


夏の家、という北欧の居住文化を知る。

生き方の参考にしたい。


仲のいい友が帰国した。

これから誰を飲みに誘おうか。

寂しいですね。


あなたは何を失えば、あなたじゃなくなりますか?


編集本なるものを作っている。

が、テクニックを伝えるんじゃなくて、意味を伝えたい。

でも、フランス語の専門用語なんてどこにも載っていない。


人生って面倒臭い。


人は仕事がないと政治に関わり始める。


アシスタントのときのことを思い出す。

上の人のタバコの銘柄、飲んでいた種類、だいたい覚えていて予備を持っていた。

そんな世界だったんだ。


人は驚くと泣いてしまうという真理を知ってしまった。


モロッコ旅行が楽しみな日々。


ではまたね。

 
posted by unclejohn | 09:05 | JOCV | comments(0) | - |
雨の始まり
この異国で雨季を迎えるのは2度目。

涼しい風と雨の匂いで
深夜の感慨に耽る今。

僕はこの2年間で一番得た、得るであろうものがわかった。

それは時間。

がむしゃらに働いてきた分、今止まってみたくなったのが今なのかもしれない。

そして、何を失ったのか。

選択肢や可能性といったものだろう。

増えたということもあるが、あまり失ったものが見当たらない分、両側面あるこんな言葉が思い浮かんだ。



ここでの近況、全く進んでいない。

貢献どころか、中途半端に仕事を増やしているんじゃないかと思ってしまうぐらい。

何か大きなものにぶつかっている気がする。

それはこの国の頭脳なのか、人間性なのか。

それとも僕個人の性格の問題なのか。

それとも不理解の結果なのか。



政治力。

この国というよりもこのアフリカで暮らすものが感じる大きな力。

日本でいうところの、顔が効く、幅が効く、多数、勝てば官軍、人徳、財、受け入れる器、などか。

どこまで、この渦の中で僕は翻弄されるんだろう。

自宅の警備員に関してまで、それを感じてしまう。

その反面、実力や能力といったものは無関係。

わかる人もいないし、わかる必要がないのだとおもう。

誰もそれを求めていないし、それで何かが変わると感じていない。

人と人がこの国である以上、ここで対人関係を変えることに匹敵しないことは価値がないに等しい。

大きなこの大地を動かす力は、やっぱり政治力なんだろうか。



日本のドキュメンタリーを見る。

安心する。

人が苦しい思いをしている、していた。

その一言を聞くと、同じ境遇に安心したり、同情したり、
自分だけではない苦しみをテレビで擬似共有できるのだと思う。

おそらく人を下にみて、満足する自分になることもありうる。

あれは、いつかの自分じゃなかったか、なんて重ねたりすることもある。

他人の人生は他人の人生。

番組で話してくれた言葉が人のためになっている。

スタッフの努力や人柄もあるけど、答えてくれる人が作っている番組なんじゃないかと思う。

少し彼らの生きた言葉が、見ている人に一歩進める勇気を持っている。

答えてくれた人の

大きな力を再認識する。



一番辛かった仕事をしていたときに、偉いなぁ、って思った女性が第二の夢を追いかけていた。

当時、あの笑顔が多くの人を支えていたと思うこの頃。

キャリアなんて言葉を使う自分が変に思たこともあったけど、
こんな異業種にいった彼女をみると僕もどこにでもいけるんだなぁなんて思う。

あの時、ちゃんと話していたらよかったな。



本当に必要なものって、多くない。

姉から物資が届いた。

とてつもなく多かった。

別に多いから感動したというわけではない。

中にはこの国で手に入るものだってあった。

必要に感じたことはこの届いた事実。

その事実は僕に少しの勇気と少しの励ましになった。

それと同時に家族という運命付けられた社会で生きていることを実感。

特別仲がいい姉弟でもない。

本当に必要な物資なんて、入ってなかった。

でも、思ってくれたことに感動したんだと思う。




日本での暮らし方。

もうあんなにガツガツは働かない。

たぶん無理すれば、できる。

何かを押し殺せば、簡単。

何が大事なのか、それを教えてくれたのは間違いない、ここの人なのだ。

それと同時に、日本の働く人の矜持を思い出す機会があった。

心や体が覚えている。

ゾクゾクした。

しびれる思いがした。

しかし、たぶん長続きしないのだ。

一時的な強い思いというものは拠り所になる。

すべからく見ると、足腰の弱い支えでしかない。



日本では総理も歯車。

本気でそう思う。

この国では、独裁者がいなくなるといろいろ身の回りのことが変わる。

居酒屋の営業形態から、職場の人事、クラブでの音量、町の治安まで。

高度社会と途上社会の違いなのかな。



猫になりたい。

猫が脱走していた。

1週間して、帰って来た。

本当に良かった。

今、一時預かりの猫とその猫が舐め合っている。

僕も猫になって、混ざりたい。



雨が降り止んだ。

少しずつ潤いを取り戻したい。
 
posted by unclejohn | 10:17 | JOCV | comments(0) | - |
みれるものみえないもの
こちらでの活動が人間関係トラブルで白紙になった。

まぁもう悔やんでも仕方ないので、前向きにいく。

少しゆっくりしている。

久しぶりに平日時間がある。

日本よりも人間関係が大事な世界。

全てに影響する。




空いた時間で、本を読んだり、見たかった映像を見ている。

なんだかジーンとくるものが多い。

こちらに来て、そうした刺激は減り、人と飲むことや話すことに日々を費やしてきた。

日本の文化に幸い囲まれる環境にいたおかげか、今の方が落ち着く。

少し前までは、フランス語圏でとも考えたけど、今はその気持ちは薄れた。

フランス語がどうこうではなく、日本がいいなぁと弱気なのか、こうした発言が出てくる。

移り住むことは振り返るきっかけをくれる。

当然のように、日本を思う。






まだまだ暑い日々が続く。
posted by unclejohn | 23:36 | 日常 | comments(0) | - |
◯×年後
家のテラスから湖を眺め、コーヒーを飲む。

隣では猫がゴロゴロ喉を鳴らしている。

家の中をみると、あまり物がない。

木造でできているおかげか、落ち着いた気持ちにさせてくれる。

いつ仕事をはじめてもいい。

心地のいい発音のフランス語のラジオを聴き、遠い世界の話に耳を傾ける。

子どもが2人二階から下りてくる。

変な寝癖に朝一番の笑いをもらう。

新緑の匂いを運んでくる風にもう一眠り誘われる。

食器が重なる音と子どもを呼ぶ嫁の声で目がさえる。

何時から作業にとりかかるかは、だいたい決めている。

静寂が戻った頃、集中して作業に取り掛かっていた。

忙しくはない。

軌道に乗ってからは、時間を自分でやりくりができるようになった。

コーヒーを2杯飲み終わったころにはひと段落ついた。

猫が腹を空かし、帰ってくる。

昼食後は甘いコーヒーを飲む。

時差がある友達から連絡がくる。

特に用はない。

安心する。

バギーに乗って知り合いの木工屋さんのところへ行く。

先客がいた。

外で時間を潰す。

お願いしていた椅子を受け取る。

光沢のあるなニスはいらない。

ハンモックの横に置くにはちょうどいい。

山を疾走する人を流しみて、夕方の買い物に向かう。

肉を買う。

献立はまだ決めていない。

野菜と卵は知り合いの家にもらいにいく。

その途中、見晴らしのいいカーブで足を止める。

十五分ほどのんびりし、自分の村の小ささを改めて実感する。

子どもが外に現れ始める。

バギーから車に乗り換えて取引先のところへいく。

景気はまずまず。

多くを求めない性格がここに合っている。

帰り道、水を汲んでいると家族ぐるみで付き合いのあるご近所さんに会う。

夜に一緒にバーベキューをすることになった。

みんなで椅子を使おう。

我が家でやることにした。

ちょうど夕陽が沈む時間帯。

山の稜線にオレンジがかかっている。

気持ちに余裕がある、そんなことも久しく考えなくなった。

子どもが歩いて帰ってくるのを思い出し、通学路に寄ってみることにした。

坂になるところで2人を拾う。

週末に山の頂上でテントで寝たい、とねだられる。

子どもと家から山に持っていくものを集める。

蔵にいると、お肉を持ってきたよ、と呼ばれる声にふと振り返る。

バーベキューの約束。

自分たちの好きなことをしていても、少しの迷惑なら許される。

くたびれたバーベキューセットが似つかわしくない。

ここに来て、時を長く感じる。

いや、何かを噛みしめている。

帰り際に呼んだ隣のおっちゃんがどこからか、もらってきたキュウリの漬物で先に一杯やっている。

それを笑いながら、肉を網に置く。

それぞれがそれぞれ。 それが好き。

誰の話もつまみにせず、お互いのことを話す。

当然のことだけどそれが楽しい。

こうして人と付き合ってきた。

なにを深読みする必要もなく、僕は今生きている。

ビールを早々にやめ、冷えた辛い白ワインにかえた。

初夏の日差しで汗をかいた今日は酔いたい気分なのだ。

子どもの前でダラしないと思われるけど、こんな生き方でもいいと思う。

焦げた肉を捨てる子どもに気を使う。

自分で捌いた鶏肉や屠殺したての牛肉。

生々しいその姿にも臆することのないみんなを嬉しく思う。

自然に近い分、考えることもある。

普段は、その身を投じる場所として思ってないけど。

綺麗に平らげた。

空を見ようなんて誰も言わない。

誰も綺麗なんて言わない。

それが生活の中になるから。

トイレにいるとき、水を汲むとき、散歩をしているとき。

きょうは穏やかにすごせて、感謝、なんておじいさんのようなことを思う。

上手くいかないこともあるけど、今も10年後もこうしていられる喜びがここにある。

誰からも強制されない。

静かな心が残る。

静かな村、 静かな職場。

1人でも独りじゃない。

強く生きる、なんていきむ必要はない。

この村は誰もそんなことを求めちゃいないし、そんなに意気込んでいない。

自分が働きたい場所はどこか、そんな問いを昔自分に投げかけた。

ハンモックや湖、山や日陰。

そして猫と家族。

答えはここだった。

周りの環境を選んで、職を合わせていく。

そうした結果、この村に着いた。

この村に所縁があるわけでもなく、特別な職のおかげで来たわけでもない。

巡り合わせ。

人との縁なのかもそれない。

空がきれいで、空気がうまい。

自然災害では村人と助け合う。

肉を焼き尽くし、ボーッと火を見つめ、移住してきた過去を思い出していた。

日本を2年離れたこともあった。

この島国ではないといけない理由がなかった。

新しい文化や言語の中で、自分にとっては刺激的な日々をすごせた。

だけど、日本に帰ってきた。

そこで死ぬこと、家族や友達とも離れ離れであり続けることが想像できなかった。

そう考えていたら、ここにたどり着いた。

なにも繋がっていないかもしれない。

なにも一貫していないかもしれない。

でも、その時々でベストな判断をしてきたつもりなのだ。

家族が食べる分だけ、市場で買えばいい。

高けりゃ、誰かにお願いすれば貰らえる。

どうしてもここじゃないといけない理由はない。

みんなそうかもしれない。

物を多く持つ方でもないが、家族ができ守るものが増えた。

と同時に、責任も大きくなった。

それ以上に将来への楽しみが増えた。

明るくなった。

時計をふと見る。

日付がかわっていた。

焚き火の光につつめれ、嫁が近くで毛布にくるまり、古い小説を読んでいた。

近所の方たちは帰り、子どもたちはとっくに寝ている。

猫は遠くで、僕らの様子を伺っている。

ハンモックで寝ようかとも思ったが、子どものそばにした。

どこかで読んだ本に、僻地の村に移り住んだ昔の人たちの理由が書かれてあった。

都会や平地より、澄んだ水が手に入り、作物も良く育つ。

現代人にとっては不便かもしれない土地が、住むものにとっては便利だった。

子どもがどんな人生を選ぼうが、ここが故郷と呼べる村が欲しくてここに決めたのかもしれない。

サラサラの黒々とした髪の毛を撫でる。

暖色のライトが下の子の頬を照らす。

木材の匂いがする子ども部屋。

仕切りのない間取り。

大きな窓ガラスと地元の木を使っうことにこだわった。

嫁に呼ばれ、翌朝の頼まれごとを聞く。

専業主婦でもなく、定職についているわけでもない嫁。

働いているようで、働いていない2人。

一歩一歩、家族は前に、いや形を変え成長している。

ここに来る前、生活環境と家族や友達との距離を考えた。

家族は2時間。

友達は1時間。

この程度がいいか、と先に決めてみたものの、これが本当にいいかはわからない。

森林浴ができて、泳ぐこともできる。

贅沢な場所。

都会でほしいものは、だいたいネットで済ませられる。

この小さな村で十分楽しめる。

自分である程度のことはできるようになった。

子どもたちも手伝えるほど大きくもなった。

年に1度はどこかに行く。 たまに旧友が遊びに来る。

お互いの子どもが遊ぶ姿を見るだけで幸せにれる。

人に悩み、人生に迷う。

もうそんなことはやめにしたい。

今を受け入れ、今を喜ぶ。

そんなことを大切にする嫁と暮らし、自分は変わった。

眠れずテラスにでたとき、また幸せを実感することができた。

朝日。

オレンジ色の光が顔を照らす。

温かい喜びに包まれる。

この一瞬を忘れないよう、僕は新しい椅子に腰掛けた。


 
posted by unclejohn | 19:41 | | comments(0) | - |
1年

久々すぎて前に何を書いたのか忘れた。
 

こっちに赴任して1年が経つ。

活動も成果といった成果はなく、
ただこちらのビールを飲んでいる日々。

無理して成果を出す気もなくなり、
半分以上はプライベートな?こっちでの生活を楽しむことに。

この国の人と平日遊ぶ?話して終わるんだけど、
休日は大使館やJICAなどの人と遊ぶことが増えてきた。

家やレストランで飯食ったり、たまに遠出も。

首都近郊にリゾートと言えるほどでもないけど
のんびりする場所があるので、たまにそこへ行きリラックスする。

家では、日本から送られてきた食材に助けられ
猫とゴロゴロする日々。

この1年、何をしてきたかと問われても
ただ暮らしてきました、としか答えられないけど
まぁ全体的には楽しく過ごせた。

あとは早く海外逃亡したい。
モロッコとセネガル。

フランス語は国際的な試験があるようで
いつかは受けないとなぁと目論み中。

やはりここで成果をあげるのも大事だけど
斜め転職するなら、フラ語は欲しいかなぁ。

そんなことしか考えていない日々。

たまに手紙を書いたり、土産を先に送ったり。
部屋を飾ったり、いい椅子を買ったり。

これといったことはしていないけど、
たまにある報告義務だけちゃんとしている。

それがこの間5回あるうちの3回目が終わり
だいぶ気がぬけた。

あとはなるようになる。

頭の中はアフリカンなのかなぁ。

ギリギリ心配しているから、大丈夫か。

モロッコの登山の装備、どうしよう。

posted by unclejohn | 01:43 | JOCV | comments(0) | - |
1月28日
ちょうど10年前。

僕は生まれ変わった。

こうなりたいと。

何かが欲しかったわけじゃない。

その姿に憧れていたんだと思う。

ひとつの転機。

彼らと出会い、そして作り上げた。

巡り合わせというものか
今、僕はそこで学んだ技術を異国で実践している。

専門ではないけど
強みになっている技術。

彼らの背中を追っていただけだった。

今ではそれぞれの道に進んだ。

「いつか一緒に」と彼らの一人が言っていた言葉に
密かな期待を寄せていたのは僕だけじゃないはずだ。

みんなの選択を応援し、鼓舞し合える。

みんな、彼らの魅力に取り憑かれた。

いつかいつの日か。

それぞれが日本社会に鬱積した感情を
いつか形にできる日がくることを願って。
posted by unclejohn | 19:39 | | comments(0) | - |
HNY
2015年。

大事なこと、無駄なこと、続けること、始めること。

コンジェでヨーロッパ滞在中。

今までの国とは違い、人よりも歴史や文化に重みを感じる場。

いい一年にしたい。
posted by unclejohn | 14:52 | 日常 | comments(0) | - |
無題という題
いろいろ停滞している。

自分は専門家でもないし、職人でもない。

こうした公の文章で無理矢理答えや主張をひねくりだすのも間違いだ。

そのまんま、いまを記しておこう。

このブログも人に読んでもらいたいというよりも、自分の記録として続けている面が強い。

敢えてわかりにくく、特定されないように記載する。



仕事というと大げさになるけれど、こっちでの”仕事”について。

赴任して何も変わっていない。

変える必要があるかないかをこっちの人に判断してもらうというのも難しい気がしてきた。

赴任自体、国際交流、と割り切ってしまえばいいのだが。。。

そういった面を強く帯びていることもわかっている。

が、志を高く持つのは悪くない。

徐々に書いていくとする。



ここ1か月ほど仕事になっていない。

むしろ、振り出しに戻った。

しかし、悲観しているわけではない。

むしろ、ラッキーだと思った。

当初の計画は優等生すぎたし、面白みを欠くんじゃないかと考えていたから。

仕事のスタンスとして僕は一歩引いていると言っていいかもしれない。

熱意があるかと言われれば、少しは、、、といった具合。

ないわけではない。

ここの仕事は現に回っている。

先輩の言葉をかりれば、「それでもテレビは放送される」である。

様々な問題を抱えながらでも、放送せざるをえない、というのである。

産業として成熟していないし、映像リテラシーも皆無に等しい。

「期待されていない、一般の関心が少ない、評価をされない、指標がない、サービス文化がない」等々。

原因を考えてみるが、それのどれも当てはまる気がする。



汚職や賄賂。

こっちでは堂々としていられるほど日常に溢れている。

僕もそれを享受した経験もある。

アフリカが発展しない理由のひとつだとも思う。

ひとつ言えるのは、利害調整のとれた組織運営ができていない。

下っ端は下っ端の賄賂を受け取り、上は上の賄賂を享受している。

それを良しとしているわけでもない。

それをよくないことだともわかっている。

リスクやコストから見ても、した方が絶対にいいのだ。

その方が仕事が進むのだ。

俄然、私腹が肥えることならば、当然と言える。

私物としてコントロールできる縄張りを確認でき、自分の意味を自ら見いだす。

これはどの世界でもありがちだ。

国より部族の方が大事。

そんな考えもできる。

国という枠よりも部族という血を選ぶ。

それもアフリカの側面だとも言える。

部族や家族を優先し、僕らからすると発達した国の公共サービスやインフラをないがしろにする。

汚職や賄賂がなくならない。

もちろん、明日の飯が侭ならないのもわかるが、そこまで経済レベルが低い人は汚職や賄賂には関与できない。

組織運営は利害関係をともにする仲間という面もあると思う。

それは人の管理なのかもしれない。

部族率を考慮した利害調整が前提で、上下関係による力の差=指示系統の明確化が必要なのかもしれない。

かといって、上が上で甘い蜜をすいすぎると部族という仲間意識は薄れてしまう。

部族より家族・自分を重要視する。

指示できる力の差を持って、その仲間に対して所属する価値を示さないといけないのだ。

大人しくしようね、これあげるからと。

他の問題も。

下克上がなされ、左遷が頻発する組織。

組織改革といえば、聞こえはいいが、ここでは危険な権力の誇示。


過去からの流れも汲まざるを得ない、組織の変遷が大事だと。

責任者を攻めたら、よいという話しではないし、日本や欧米の方法を取り入れればいいという話しでもないと思う。

いろんなことの利害調整ができる政治力のある人が組織を運営すべきなのだ。

そう、特にここアフリカでは。



存在してくれてたら便利だなというぐらいのサービスかもしれない。

そもそも国民や政府が生活に大事と思っていないのかもしれない。

いま言えるのは、社会が発達段階でまだ成熟していない。

逃げているのではない。

現実だ。

当然、同時に前進する必要があるのだ。

アフリカの小国とは言えど、いつかは発展するのだから。

想像もつかないが、舗装された道路にはマクドナルドやファストファッションが立ち並ぶだろう。

日本だと業界を志望する大学生でも少しは考えそうな、理想や意義。

それをここで考える
ことは、予想以上に難しい。

いろんなメンタリティが欠如している。

未熟だからか。

残念だが、それ以外に考えが見当たらない。

まだまだ時間がかかる。

当然、僕のいる期間だけでは不可能だ。

どこからやり始めたら、よいのかという点に苦慮する。

それが今。

繰り返す。

業務は遂行されている。

高性能を求める欲望とメンタリティの欠如の狭間で。

 
posted by unclejohn | 09:31 | JOCV | comments(0) | - |
クーデターその後
1週間ほど経った。

街中はいつも通りに。

拳銃も、強盗も見かけなくなった。

しかし、活動はほぼ中断。

どうしようもないことはどうしようもないと受け取る。

たぶんそれでいいんじゃないかなと。

自分がやりたいことよりもココの人がやりたいことを。



人はいつ豹変するかわからないということ。

ここの国の人は優しい・・・なんてことをずっと訴えている人をみると違和感があった。

人間ってもっと狂気に満ちている。

その反面、殺人者も犬や猫を愛でる。

だいたい行き着く先は報道の仕方がおかしい。

このへん。

メディアのせいにするのは簡単で、いかにももっともらしい。

発信元の信憑性やここの人の優しさを信じるお人好しが周りに多いのかな。

いや僕が冷たいのか。



警備員と仲良くなった。

自宅待機中、飲食でお世話になった。

パシリも嫌な顔ひとつせず、行ってくれた。

いろんな安全情報も持ってきてくれた。

彼とその兄は僕の為にアメリカのNGOの緊急物資をダンボールごとパクってきてくれた。

そのお返しじゃないけど、その兄は商売をしているようで、彼のところでDVDや他の商品も買っている。

日本のように情報が出回り、あの店が最安値とか最新版があそこにはある、というのは情報社会の良さ。

ここアフリカだとネットはあるけどそうした情報よりもヒトツテというものが重要に感じる。

信頼やつながりというのがこの大陸だけじゃなくても日本も前時代的にはありふれていたんじゃないかな。

いろんな場面で少しの損よりも、その信頼やつながり、というものに価値を見いだしている。



こっちでお世話になっている事務所の記念周年冊子をつくることになった。

パソコン環境だけどうにかなれば、エンジンかかるのになぁ。



この首都で日本の留学生と知り合いになった。

若さを懐かしむ。

APUにもいたような子だなぁと。

もっとエネルギーを出していかないとなぁ。



庭のマンゴーの木が実をつけ始めた。

あと1〜2か月後にはいっぱい食べられる。

庭仕事をしたい。

無心になりたい。



自宅待機中、時間を気にしなくなったので何かに集中していたら、庭からアッラ〜とイスラム教の警備員がお祈りをしている。

これが時計のようになっていた。

早朝と午前前、おやつの時間前後、夜と1日に5回お祈りしているのでその頃になると時間がわかる。

ここの人達に時間を教えてもらっている。



猫が徐々に大きくなっている。

相変わらずかわいいけど、帰宅時によってこなくなったので残念。



AVを見ると、その国の好きな映像表現がわかる。

とても静かだったり、局部をアップにしなかったり、カメラを固定にしたり、ストーリーよりも本番を重視する。などなど。



セオリーと実践は同時にやるとよい。

映画学校に通っている同僚を見て強く思う。

モチベーションはあがる。

セオリーから実践につながったり、実践からセオリーにつながったり。

これは他の分野にも当てはまるんじゃないかと思う。



帰国後のことを意識する。



動乱を心配し連絡をくれる友達、家族に感謝する日々。

僕は元気にやっています。




 
posted by unclejohn | 01:07 | JOCV | comments(0) | - |